よけのまいのにんげん

いつかの為の遺書です。

察せない、言い聞かす、淘汰される私


ADHD 高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群 自閉症)

私を形成する一部にすぎない、と言いきかす。


死ぬしかないので泣いています。

私は言葉を言葉としてのみ感知できます。

言外の意図とか無いでしょ、言外ってなにも無いじゃん。

私に伝わる形の言葉にしてもらわないと何にもわかりません。

死ぬしかありません。死ねばいいのに。死ぬしかありません。死ねばいいのに。



電車内のうるさいやかましいおっさんが辛くて電車内に居れない、女子大生も男子大学生もやかましい、死にそう、でも死ぬしかないからちょうどいいのかも。
って昨日と今日そんなわけで凍えてました。

死んだ方が結果的にずっとマシです、だから死ぬしかないです。なのにきっちり死ねないので嫌です。生きたいんですが適合出来ないものは消え去るしかないと思ってます。適合できない私は適合できない物として消えていくしか出来ない。
適合できない私は適合できない物として消えていくしか出来ないので、私がこの世から消えても適合できる個体に生まれなかった私が悪い訳です。
ただの淘汰です。私は淘汰されたに過ぎないのでしょう。
私に合った教育を受けてみたかったです。未練。


20150209月

私だって残酷。


強く死ぬしかないと思っています。
狙撃されることを願う日々、いくら編み物したって死にたい。

私は劣等種です。
どうやっても劣等種です。
環境が変わっても私はいくつかの障害を引きずったまま何も変わらない私なので死ぬしかないと思います。

何にもあてはまらない空虚な劣等種の醜い私は俯いて生きています。そいつを今すぐ狙撃して下さい。


今日、私が中退した高校の先輩と会いました。色々私が行きたかった所に付き合って貰いました。先輩は呆れてるかもしれませんが私は楽しかったです。死んだら当然ですが先輩と話すこともなくなるでしょう。それが辛いなあと思いました。私はおしゃべりな人間であります。

私の死にたさと死なねばならないのは私に起因したものなので、寄り添って欲しいなどとは誰にも言えない勇気の無い私はいっそ偉いのかもしれません。
親しい人との別れは辛いですが能動的に死ぬということは「死んでお別れします」ということでもあるなあと思いました。死にたくないと思いました。しかし私は死ぬしかない。死ぬ以外に選択肢がない。泣きたい。

正気です

今晩中に死ぬしかないなと思ったし今なら飛び降りも出来ると思った。ので病院に電話した。自殺が罪なことなら止めるべきなのではと思ったから。
当直の医師が私を診るらしい。
それによって私のいつかの死は形作られるとも言える。
仕事だから看護師も医師も軽薄な応答を繰り返す。彼ら彼女らが何かをミスる度に私がイライラしたって彼ら彼女らは仕事なのだからお門違いです。
仕事で私に接しているのだから。
いくら私がこんなにも正気でも彼ら彼女らには全く関係ない。
私はとても正気です。真っ直ぐ死ぬしかないから真っ直ぐ死ぬのです。いつか。

なにもかも放棄できない

なにもかも放棄できないが故に苦しんでます。

 

不必要な言語で顔に泥を塗ってばかりいる人たち、を、横目に見ながら私は私として死んでいくでしょう。

私の中の私は今やっと9歳なのかもしれないし15歳なのかもしれない。私が21歳だとしても、私の中の私は9歳で生きています。

 

編み物をしよう。

そんなこと言う奴らの為に本当に死んでやりたい

感覚の鈍い人達で溢れかえっていてしんどいです。って伝わるように言ってやりたい。

 

確実に死ねる方法を考える日々です。まだ見つかりません。確実に死ねる方法が首吊りくらいしかやり方わからないので首吊って死ぬかもしれません。

本当は引きこもってずっと編み物していたい。とか思います。

なんにも理解してない人に理解してる様に言われる度に私の絶望の種は増えていきます。絶望してても個体を維持することは出来るみたいで今生きてる次第です。絶望していない日はありません。私という個体には絶望がなんの影響ももたらさず絶望しながらも生きていることが辛いです。絶望しながら生きていることが辛いので疲れましただから死んで終わりにしたいです。

 

絶望した、というのは自分と自分の未来のことに対してなのでどうしようもありません。この先も不都合さゆえに不甲斐ない私のままであり適合した形に私がはまる可能性を考えたらゼロに等しくて、周りが、世間が、圧倒的大多数が悪いのではないと思ったり言われたりする度に私はどんどん死ぬしかなくなってきました。それはこれからも続いていってますます死ぬしかなくなっていくだろうなと考えるとやはり死ぬしかありません。

 

自己責任論を唱える方々は、あなた達の言葉で気分をぐちゃぐちゃにされた私についてはどう責任をとるつもりですか?

私は私が劣っていることに対してどう責任を取ればいいんだろう。

 

必ず私は何ものにもなれない。成功というのは私の日々の中にはない。私の小さな私、何にもならない私。

勝手に私が振り回されてるだけなのでやはり私が滅する以外に解決方法がない。

絶望しています。死ぬしかないことに。

20150125

ベルトで首吊って死ぬか石油かぶって火をつけて死ぬかどっちにしよう。街路樹にベルトで首吊ろう。家族も自分自身も無理だ。自分自身が一番無理だ。いざという時の為に書いた遺書は机の上の棚のところにあります。家からふらふら出てきたけどカーディガン一枚でこの時期に外出るのは馬鹿だったかもな。


って書いたのが19時過ぎ。





自殺しようとベルト持って街路樹探しながら上着も着ずうろうろしててそんで警察署行ってそんでなんやかやあり帰ってきたなう。

これはついさっき。
疲れました。泣けてきました。
でも生き延びました。なんともならないことを抱えてなんとかなれと思いつついつも生きてます。

男の子(最後に短歌)

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私は長らく少年でした。男の子でした。

とても離れ難い大切な"戦友"という呼び方がぴったりくる友達と知り合った時、私は17歳の男の子でした。

「彼女は17歳の男の子でした」と、その友達が書いてくれたことがなんだかとても嬉しかったのであります。

このことに関しては余計な言葉を連ねたくないほど嬉しくて泣きそう。


私の自己認識すら阻むような複雑で奇奇怪怪な精神性や特性・特質、それらに弾き飛ばされながらも火花を散らし、私は幼い女の子にようやく私として成れたのです。


もうじき21歳ですが女の子としての精神年齢は15〜16歳くらいの馬鹿っぷりを晒して生きてます。今は女の子に近いはずです。年明けには21歳なんで女の子なんておこがましいのかもしれませんが、私は私が女の子であった時間が少し短いので許して下さい。



短歌。

風呂なうと呟く口に入る湯気多幸じゃなくとも生きてはゆける